郊外にある森の中に、その屋敷は佇んでいる。
 古く朽ちた外観に、手入れのされていない無造作な庭。
 おどろおどろしい雰囲気から、「お化け屋敷」と呼ばれることもしばしば。
 誰も居ないはずの部屋に影が過ぎった。とか、
 聞いたことも無いような恐ろしい獣の声がした。とか、
 夜になると、あの世とこの世を繋ぐゲートが開かれる。
 などという噂まで広まっている。
 最近では若者達の間で、心霊スポットとして有名になりつつある。
 屋敷に住んでいる当人からすれば、迷惑なことこの上ないといった心境。

 そして今夜もまた、肝試しをしに来たであろう、若い数人の男女が柵の前で談笑している。
 今しがた街への買出しから戻って来た僕は、重たい荷物を抱えながら彼らに近づいた。

「こんばんは」

 突然話しかけたせいだろうか。彼らはびくりと身を震わせ、おそるおそるこちらを振り返った。
 街灯に照らされた僕は、幽霊にでも見えただろうか。
 そんな彼らに、にこやかに会釈して返す。
 一同が不思議そうな目で見る中、僕は悠々と彼らの前を歩いて過ぎる。
 ポケットから鍵を取り出し、慣れた手つきで柵を開けると、にわかにどよめきが起こった。
「ちょっと、話が違うじゃないの!」
 誰も住んでない廃墟だって言ってたじゃない!
 連れの女性がうろたえ出した。
 他の仲間も口々に何か文句を言っている。
 一夜の冒険は、もろくも崩れ去る。残念でしたね。
「住んでるんなら表札でも出しておけよな!」
 背後でそんな声が聞こえた。
 素直に引き下がってくれて、内心ほっとしている。
 でも、確か表札はあった筈だ。門の脇の郵便受けに……
 あれ?
 風にでも飛ばされたかなぁ。見当たらない。
 まぁそのうち、それなりに立派なものが届く予定だ。

 僕は彼らに一つだけ嘘をついた。
 本当は「出る」のだ。

 正確に言えば、出るのではなくやって来るのだ。
 昔からこの土地は、そういったものを引き寄せる力があるらしい。
 毎晩出て来る訳ではなく、偶然通り過ぎたり迷い込んだり。
 過去に何度かお払いや祈祷をしてもらったけど、効果は無く。
 そんなに性質の悪い霊がやって来る訳ではないので、今となっては放置している。
 一番性質が悪いのは、調子に乗って肝試しにやって来る人間だったりする。
 先日も、変わった来訪者がいた。
 こちらは生きた人間で、目の不自由な老婆だった。
 完全に光を失う前に一度だけ、死んだ息子に逢わせて欲しいと……
 そう言われても、僕自身に不思議な力がある訳でもなく、霊が勝手に集まるだけだ。
 必ず息子さんに逢える訳ではないよと言って聞かせたが、彼女は頑なに屋敷から出て行かなかった。
 無理矢理追い出すのも気が引けたので、気の済むまで滞在させてあげた。
 すると、三日目の晩に不思議な事が起こった。
 真夜中に仕事をしていると、けたたましく呼び鈴を押す音がした。
 とんだ悪戯者もいたものだと呆れながら玄関へ行くと、そこにはぼうと青白く光る人影があった。
 もう何度と無く見ているので、それが何なのかは一目瞭然だった。
 人の形をした影は、

「こちらのお宅に、わたしの母がお邪魔していると聞いて伺ったのですが……」

 そんな事があってから余計に、この屋敷を訪れる人は後を絶たない。
 僕は、ただ静かに暮らしていたいだけなのに。
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